ビスクドールとは

ビスクドールの「ビスク」とは、フランス語でビスキュイ(biscuit)=二度焼くという意味です。
磁器粘土を700℃~750℃で素焼きし、更に1200℃以上の高温で焼き締めガラス質に生成するために焼成します。そして絵付けを数回繰り返したものを、頭部、手や足などに用いた人形を、ビスクドールといい、現在では※アンティークドールの代名詞にもなっています。(※アンティークドールとは、100年以上経過した人形)

ヨーロッパの歴史を遡ると、人形はファッションの伝達の役目を担っていました。
豪華で贅沢な最新のファッションを着せられた人形は、宮廷間で贈られたり、権力や富を誇る象徴でもあったようです。時代の流れとともに服飾や人形も、貴族や裕福な特権階級だけのものではなくなり、人形の役目はファッションの伝達からマネキンとして変化していきました。

当時フランスでは、この等身大の豪華な衣装を着せられた人形を※パンドラと呼んでいたそうです。(※パンドラ=ギリシャ神話で、神が作った最初の女性)
19世紀には産業革命により印刷技術が進歩したことから、人形はファッションの伝達とするという役目を終え、人形そのものの美しさや愛らしさが求められるようになりました。

1870年頃までドイツから輸入していたヘッドは、磁器質のパリアンやチャイナと呼ばれる素材で作られるのが主流でしたが、より一層の人形としての美しさを追求されるなかで、フランスで改良され、より人肌に近いビスクの素材へと変わっていきました。そして磁器とは思えぬ透明感と温もりさえ感じさせるビスクドールが誕生しました。

1870年以降は、フランスの人形工房でもビスクのヘッドが盛んに作られるようになりました。そして、それまで主流であったファッションドールと呼ばれる大人の姿をした伝統的な衣装人形から、幼児の姿をした愛らしいべべタイプのビスクドールが作られるようになりました。

当時、各国で盛んに催された万国博覧会や百貨店の誕生が、フランスの人形産業にも大きく影響し、1855年のパリ博で日本の市松人形が出展されたことが、このべべタイプのビスクドールの誕生のきっかけとなったそうです。
それ以来、より愛玩に適した愛らしいべべドールが作られるようになり、著名なフランスの人形工房(ジュモー、ブリュなど)が競い合って次々と芸術性の高いビスクドールを生み出していきました。

この時代に作られたビスクドールは、100年以上経過した現在、アンティークドールとして美術館や博物館に大切に保管されていたり、収集家や愛好家の間で高額で取引されています。

現在ではこうしたアンティークドールを複製した人形を、リプロダクション・ビスクドールやレプリカドールと呼んでいます。またビスクの素材を使い、原型から型をおこした完全なオリジナルの人形を、創作ビスクドールと呼んでいます。

創作ビスクドール制作の主な技法(オールビスクドール)

まず人形の原型を粘土で作ります。ヘッド、胴、腕、手、足、関節など、必要になるパーツをそれぞれ粘土で造形していきます。次に完成した原型の型取りしていきます。それぞれのパーツ毎に木枠を作り石膏を流して、モールド(石膏型)を作ります。

モールドにポーセレンスリップ(人形用の磁器粘土)を鋳込み、型抜きしたものを乾燥させていきます。完全に乾燥したら素焼き(ソフトファイアリング)をします。
素焼きしたものを、目、口、指先、足先など細部を細かく作りこみをしたり、表面を滑らかにする為に磨いていきます。

磨き作業が終わったらまた自然乾燥させた後、本焼(ビスクファイアリング)していきます。そして焼成し焼き締めしたビスクのパーツを、人肌のように滑らかになるまで表面を丁寧に磨いていきます。

表面が滑らかにざらつきなく綺麗になったら、次は絵付けしていきます。この絵付けに使われるチャイナペイントは重ねつけが出来ないため、肌の色、頬の色、眉など、それぞれに絵付けして焼成していきます。

数回の絵付け焼成が終わったら、人形の各パーツの完成です。主要なパーツにフックを取り付け、ゴム引きをして人形を組み立てていき、漸くビスクドールのボディが完成します。

完成後は、ウィッグ、ドレス、下着、帽子、靴、靴下、人形の小物などを作っていきます。このようにビスクドールは沢山の重要な技法と工程を経て、手作業でひとつひとつ丁寧に作られています。

Uncreer の「創作ビスクドール」は、このような工程を経て一体一体時間をかけて作りこみ、愛情を込めて丁寧に作り上げています。